神は裁きはしない
神は愛
この世の中で起こることには
全て意味がある
人は良いことが起こると運が良い
悪いことが起こると運が悪いと考え、ことそれが大きな出来事に繋がることであれば
それが突然起こったかのように
捉えるのだが
決してそうではない
それが起こるまでには
いくつもの気づきが起きていたはずである。
それは自然のさまと同じである
植物のタネが成長し、実がなるが如く
人の病が段階的に進んでいくが
如くである。
神は因果応報の仕組みをお作りになられてはいない
神が望んでおられることは
それぞれがそれぞれの個の花を
咲かせることである。
誰かが誰かの犠牲になった所で
何の問題解決にも
人類の意識の変革にも寄与しない
人はそれぞれが個の花を咲かせることで他を認めることができるようになる。
他者比較から開放され
将来起こるかどうかわからぬ
不安や恐れから開放される
幸せは我慢や犠牲をしいて
勝ち得たものモノの中には
ない。
ほんとうの豊かさは
日々の暮らしの中にこそある
供養は誰かの為のものではない
己が感謝の意味を知り気づくためにある。
悲しみが大切なのは
ひとの気持ちがわかるためのもの
調子に乗っていては
いつまでたっても
ほんとうは見えてこないし
困ったときにぴったりのモノや
人の助けを受けれたことで
一喜一憂しているようでは
ほんとうはあらわれない。